つよく生きているか

2019〜2020のくらむせかい,くらむの日記

7月15日月曜日

朝のごみ出しに行く。歩くのは気持ちがよい。
母が「今日はカフェオレにしようか」と言う。こういうことができる、普段とちがう動きになっても混乱してつぶれてしまわない、って、うれしい。

血の気が引いている。身体が…気分があまりよくない。どうしてこんなに、よく、身体がわるくなるのだろう。

365日24時間身体と精神が張り詰めている。それをどうにもできない。20年近く、そうして生きてきた。

午後両親と出掛ける。出発して3分後に父が、「そろそろ運転の練習をしてはどうか。代わろうか」と言う。いっぺんに心が潰れる。

「できろ」

ご飯を3食食べるから、眠るから、図書館に行くから、こんなことになる。

潰れても、起きあがろうとするのは、なぜだろう。習慣か、自己愛か、より大きななにかか。

今日は身体の調子があまりよくなかった。くたりとして、血の気が引いていって、気持ちがよくなかった。いまにとても具合がわるくなるのではないかと感じる。雨があがったからなのかもしれなかった。読んでいる本が作用しているのかもしれなかった。小さな核になったわたしが抵抗しているのかもしれなかった。
求人を見て、途方にくれる。でも…

「それはまだ無理!」って、言ったら、どうなってしまうのだろう

「アスレチックの一番上に登ってこい」父が言う。わたしは怖くて登れない。父はすこし離れたベンチから、わたしを笑う。父は傷ついてはいない。面を汚されたとか、こんな娘を持って情けないとか、おもわない。なぜならば、父はわたしと関係がなかった
「下手な歌を歌うな」父が言う。それ以来わたしは歌を歌わない。
「うるさい!」父がわたしを引き摺り出す。玄関の外に、夜閉め出される。オルガンを弾いたからだ。わたしは黒い玄関扉にすがりつく。泣き叫ぶ。「おねがいします、ゆるしてください、もうしません、ごめんなさい、ゆるしてください」叫んで、叫んで、叫ぶ。
最寄り駅のふたつ手前の駅に置き去りにされる。「バイタリティがなくてはならない」父が言う。わたしは失禁をしそうになる。無人の早朝の堤防を歩いては、立ち止まる。漏らしてしまわないように、それだけに全身を使う。隅々までを張り詰める。

「できろ」父と母がわたしに望んだことはそれひとつだ。放任主義だった。わたしがなにをしてもかまわなかった。気に入られないだけだ。見捨てられるだけだ。なにをしても自由だった。どこに行きなさいとも、なにをしてはならないとも、言われなかった。評価されただけだ。その評価はわたしに向かってフィードバックされない。わたしが必死に盗み出すだけだ。
指示はなかった。わたしの存在の責任をわたしがもつためだった。
わたしは幼かった。同級生ほど賢くも、おだやかでも、長けてもいなかった。
ほんとうは導いてほしかった。不安でたまらなかった。なにをすれば、なにをしなければ、見捨てられてしまうのか、知りたくて、わたしは見るものに、聞くものに、たどるものに、想像するものになったのだろう。
しかし、導かれてしまえば、わたしはついていくだけの、迷いのないものになっていたかもしれない。それはいま以上にまともではなかっただろう。
みな、よいとおもうことをした。悪意はだれにも、どこにもなかった。
わたしがそぐわなかったのだろう。

できなければならない。
変わらなければならない。
わたしはたぶん永遠に、ここにいる。