つよく生きているか

2019〜2020のくらむせかい,くらむの日記

7月23日火曜日

悪夢を見る。母が死んで、父はいない。わたしはちいさな弟を風呂に入れて、洗濯機を回す。いちどでは終らない。風呂の中に、やや迷いながらも入る。弟はまだちいさいし、ついこのあいだまでいっしょに入っていたのだから、かまわないだろう。湯船の中では、弟にはんぶん背を向けて、冗談のようなことを言った。笑っていて、気丈なふりをしていても、不安でたまらなかった。

しょっちゅう、開放されたただっぴろい空間にぽつんぽつんとあるトイレのまえでためらう夢を見る。トイレを使いたいのだが、周りにはひとがいるし、離れているひとにも丸見えなのだ。いろいろな広い場所に夢のトイレは現れてきた。

昨夜また口がああなる。口の中に、口よりも大きなものが押し込められていて、叫び出しそうになる。立つ針の上に、大きさよりも異様に重いものがのっているかんじがある。

先日2年ぶりくらいに連絡をして来た親友(たったひとりの友人だった)が、会えないかと訊く。迷っている。これまでならば問答無用無理だった。そんなことはできなかった。でも今回は迷っている。会うくらい、そんなにわるいことじゃないんじゃないか。でも、会ってしまうと、家族に、わたしには友だちがいる、ひきこもりなんかしているふりをして毎日友だちとくだらないメールのやり取りなんかをしているんだ、働きもしないで! ちっとも孤独ではないのだ、狂ってはいないのだ、とおもわれはしないか。おもわれるだろう。弟がどう言われつづけてきたか。
なんとなく、今回は気持ちが揺れている。にどと連絡はとれないだろうとおもっていたからかもしれない。お互いにいちど死んでしまって、あらたに出会い直したような気分なのか。
中学の時からの親友だった。わたしが社会に出て、ああなるまでは、どんなに連絡しなくても、親友だった。わたしがああなって…連絡をとらなくなったこの2年は、満足していた。巻き込まないことが、ゆいいつできることだとおもったからだ。今回も、ほんとうは返信などするべきではなかったのかもしれない。たぶん心細かったのだ。それにうれしかったから。
返信するべきではなかったのだろう。

会いに行って、家族に捨てられ…

疲れた。自分に疲れた。なぜもっと単純に生きられないのだろう。泣き言だって言えばいいではないか。家族に話せばいい。助けてもらえばいい。完璧なことは言わなくてもいいのだ。決めていないことでも話してみればいい。

父は正義と悪の2分法の現実を生きている。わたしはそのなかで、悪か。わたしは父を真似て生きてきて、母に憧れて、けれど、ほんとうはどちらにも、なれないのだ。なぜならばわたしは、人間ではないから。ひとひとりの価値に満たないからだ。

返信するべきではなかった。

今朝も目が覚めた途端に考える。さあどこで働けるだろう。さあ、なにを準備するべきだろう。しのごのいわず働いたらいいのではないか。しかしわたしの知能ではできないのではなかったか。わたしの知能ではできない…
できなくてもいいからやるべきだ。
いや、なにもやるな。

・家族に認められたい、応援してもらいたい
・もう迷いたくない、もう新しい決定はしたくない
・もう自分の決定を取り消すことをしたくない、しんどいから

心配でたまらないさ。
どんなに考えたって、どんなに生きたって、ずっと不安でたまらないだろう。わたしは永遠に怯え、取り消し、正しく生き直すだろう。そんなことに疲れてしまった。
怖い、怖い。
怖くないって言われたいのだろう。
だがいまさらどれだけ言われても、潰れたものはつぶれたままだ。

生まれ変わったらすること。
・高校を卒業する
・大学に進学して、ひとりぐらしをする
・就職する
・友だちをもつ
・恋人をつくって、結婚をする
・子どもを育てる
生まれ変わったら、もう考えないで、ふつうのひとが生きるように生きたい。心配しすぎないで、大胆に、自分を信じて、現実を信じて。

わたしはもうだめかもしれない。

具合がわるくなったわたしを見て、開口いち番父が言うこと、「何々をしたせいだ、何々をしなかったせいだ」
たぶん、その通りなのだろう。

永遠につづく道を歩きたい。もうなにも迷わなくていい、決めなくていい、次の段階はない、最後のステップを歩きたい。なぜならば、つらいからだ。アルバイトをはじめても、つぎは事務をしなければならない。つぎは正社員にならなって、つぎは前職に就いてつぎはつぎはつぎは…。はじめることも、やめることも、あたらしく決めることも、つらい。つらくてたまらない。耐えられなくなる。頭がパニックを起こす。ここにいちゃいけない、その声でいっぱいになる。つぎの道に進まなくちゃ、早く、早く…。涙が流れる。わたしはわたしの人生を背負えない。
アルバイトをはじめても、それでは食べていけないから、アルバイトはやめて、一生食べていけるような場所へ行かなければならない
頭が苦しい。
具合がわるくても働ける場所、生活できるお給料がもらえる場所、恥ずかしくない場所、でもよすぎない場所…。
ここにいちゃいけない、そうおもわないでいられたらいい。だが、おもうしかない。なぜならば、ここにいてはいけないからだ、生きていけないからだ。
前職に就くか、死ぬか。ふたつしかない。そして、段階には耐えられない。

死さえ恐れなければ、できる。先の見えないアルバイトも、ひと月ともちはしない就職もできる。
死を恐れてはならない。
ほかに恐れるべきものがあるだろう。
しかしそれすらも恐れてはならない。
なにも恐れてはならない。

出掛けた弟が帰ってきて、ハンドブレーキスマホが事故に遭っている。父がひっしに救出しようとしている。母が、「○○(わたし)のほうが指が細いからやってもらったら」と言うが、父は振り返らない。ひっしになって、持ち場を放さない。母は3度言った。父はややキレた。わたしは棒立ちになって、順番を待った。
けっきょく父が救出した。わたしはいらなかった。
わたしはいらないものだった。
それが決定的に象徴された。
わたしはまったくいらない。

父にとって、わたしは流行りの投資だったのだろう。愛ではない。回収できないはずはなかったのだろう。

金を稼がないわたしは、いらないどころか、苦痛ですらある。オキシトシンに由来する人間的な愛はないから、ものとしての価値がないわたしは、父にとって、価値がない。憎しみが募ることはあれど、最善は、自殺なのだ。

わたしも、こんなにまで考えているが、ほんとうは愛していないのかもしれない。そうおもわれても仕方がないだろう。なぜならば、人間は、「愛していれば働くはずだ」と言うから。クリシュナムルティだって、そう言っている。愛しているのにつとめを果たさないものは、人間ではない。

わたしは人間ではない。
人間として認めてはもらえない。
なにもかもが間違っているからだ。

わたしは自分の善きものを、わたしを通じて信じているが、他人には信じられるものではない。伝えられるものでもない。だからわたしはモンスターだと言われてもしかたがない。
たぶん、モンスターなのだろう。

そんなにめちゃくちゃだったかなあ。

今日は、顔面がくだけた血だらけの人間をニュースで見なければならなかった。いつから、なんでも放送してよくなったのだろう。それぞれの判断で放送されたらいいとおもう。でも、そうするって、これまでのように、ひとが撥ね飛ばされる映像や死体は放送しない精神疾患のある逮捕者の氏名は出さない、っていう規則を取り止めた、って、やめたって、事前に言ってほしかった。
顔の砕けたひとが、「ゆるさない」と言った。
わたしはどうやって歩いていけばいいのだろう。

免許は使ってはならないのだろう。

他人を憎悪したくない。
他人の憎悪を見たくない。
他人を消費したくない。
ニュース映像を見たくない。
ニュース映像を見て、「ですよねえー」と言うアナウンサーを見たくない。

ちいさく生きていることもできない。
他人の迷惑になってはならない。
免許は使ってはならない。
でもわたしどこにも行けないかもしれない。

そんなに望んでしまったのかな。
ニュースを見ないで、ご飯を食べたかった。
でも父は、レイプと虐待と不適切な発言と過労死か、好きだ。ニュースを見ることかよろこびなのだ。父のよろこびを奪えるはすがない。
おいしいねと言って食べたかった。
でも父は、食べるということは金を使われているということだから、食べることにたいして気分を悪くする。父が稼いだお金なのだ。

父は仕事に行った。まれに、日曜日にちいさかったわたしと弟を公園につれていってくれた。
母は家庭を一手に引き受けた。昼間は実母と働き、朝と夜はわたしたちの面倒を見て、家事をした。

母は眠る前によく絵本を読んでくれた。昼間の母をあまり覚えていない。おそらく、生まれてからずっと、わたしは過覚醒だったのだろう、ことがらにかかわらず、記憶がほとんどない。

父はニュースを見た。わたしもニュースを見た。そしていっしょに家を出て、父はわたしを、学校からも家からも離れた場所で下ろした。
父は休みの日、自室にいた。勉強をしていた。わたしは弟をけしかけて、父の邪魔をした。
将棋をしたこともある。将棋ならば、父はしてくれたから。

中学2年のとき、一人前のラーメンは多すぎるからはんぶんだけ食べて、あとのはんぶんは父に食べてもらいたかった。父は拒否した。一人前が食べたかったからだ。
わたしはめそめそした。
わたしがめそめそすると、父は言った。「バイタリティが足りない。そんなことではどこにいっても通用しない」

どこにいっても通用しないものになりました。

生きる意味はあるとおもって、生きたらいい。
家族を愛しているとおもって、生きたらいい。

わたしは家族にも、社会にも、ひつようとされていない。いらないものをいることにはだれもしない。
助けてくれと言ったらどうなるのだろう。わたしがみんなをひつようとしている。

心が疲れている。暑いからなのかもしれない。さんざん考えてばかりで、もうつらいのかもしれない。

弟が出掛けて、母が出掛けて、父が出掛けた。だれもなにも言わずにいなくなった。ひとりぽっちでいる。父は図書館に行ったのだろうか。わたしは行けない?

わけのわからないことを言っている。育ててもらって、養ってもらって、なにを言っているのか。返せよ。家族に返せよ。与えられたものを、受け取る資格もないまま受け取って、なにを言っているのか。

にこにこして。
罵倒されて。
もっともっと!
そうして、きちんと自殺をして、家族に返そう。

生きている意味のあるものがわたしにもあるのだろう。
家族の指示通り生きることだ。

わたしひとりではなにもない。
わたしひとりでなにかを見いだしたことはない。あっても、20年まえのことで、それ以来はない。
わたしは自分ひとりでは生きていない。わたしにはわたしがいらなかった。求めてはいけなかったから。

自転車に乗って行けば、わたしもみんなとおなじひとになれるかな
そうだと父は言う。わたしには努力が足りない。
わたしもがんばらなきゃねえ。

がんばらなきゃねえ。

今日は心がつぶれたまま動かない。
そういう日なのだろう。
立ち直れない。
殴る元気はない。
切ったら、気分はよくなるのだろうか。

気分がよくなったらいいな。
そうして笑って、なんでもないことみたいに、笑って、生きる。

机の中を片づける。ほかの場所にあったものを机の中に置く。場所をとりすぎているとおもうから。

わたしが死んだら、みんなにとってよい。
すこしは泣くかもしれないけれど、わたしの死はわたしひとりの責任でしかないから、立ち直るだろう。
それからはお金がかからなくなって、みんなにとってよいだろう。よい日々だろう。社会もよろこぶだろう。社会はよろこぶところだ。泣いたりはしない。

わたしがわたしを殺さなければならない。

死にたくないとは考えてはならない。
意味も考えてはならない。
形が整うことが価値になるだろう。

しっかりと理解したい。
頭でも身体でも心でも、芯からわかりたい。そうでなければ、わたしは使えない。買い物のリストと同じだ。理解がなければ、いくら文字を見ても、わたしは読めない。

わたしが悪すぎてどうしたらいいのかわからない。わたしが悪いものでありすぎる。こんなにもそうはありたくないと願ってきたのに、働いていないなんて、意味がわからない。

反復する。

午後図書館に行って、コンビニで飲み物を買って、コンビニのトイレで手を洗って、コンビニの入り口でひとくち飲んだ。親友と昔行った洋菓子店に行ったが、閉まっていた。工事中の空き地から、はっとするにおいがした。雨が降ったあとだった。
学生が、うれしそうにスマホをかかげている。映画館の入り口を撮っているのかとおもったが、映画館は見当たらなかった。
洋菓子店までは、図書館から5分もかからないが、まったく足を踏み入れてこなかった場所だから、建物はわかっているように建っているが、歩いて見える景色はわからないものだった。記憶にある、それはわかっている、それでもなにか、知らない記憶の中を歩いているようだった。
べつの洋菓子店に行き、マドレーヌとクッキーを選ぶ。白衣の店員さんが近づいてくるのが視界の端に見えた。わたしは振り向かなかった。怖かったからだ。
無事に会計をしてもらえた。
親友の住む街は、図書館からの帰り道とつながっている。よく考えたら、ほんのすこし、脇にそれていくだけだ。すこし心がしっかりとしてくる。むずかしくないのかもしれないとおもう。
開発によって、風景が変わっていて、わたしは通りすぎてしまう。そのまましばらく進んで、やがて止まり、引き返した。
チャイムを鳴らす。インターホンにわたしはどんな様子に映っているだろう。驚かせたくなくて、ファンデーションを塗ってきた。眉毛を書いて、リップを塗る、そのひとセットを用意していた。
インターホンはなにも言わずに、扉が開いた。親友が、かぎ針編みの帽子を被って、現れる。
お菓子を渡して、玄関に入って、「部屋を見ない?」と誘われて、「じゃあすこしだけ」と応えて、階段をのぼった。
人間と話すのは、前職を辞めて以来だった。2年半か、それくらい
部屋の中は片づけの途中で、懐かしいものでいっぱいだった。わたしたちが交互に買っていたイラスト雑誌や、読みふけったマンガ、ポストカードに、テレビゲーム機。コンポにはCDが入ったままだった。昼間のうちに聞いていたのかもしれない。
仕事のことを聞かれて、働いていないことを伝える。意外なことに、親友もいまは仕事を辞めていた。つぎの仕事はまだ決めていないそうだった。
雑誌はどれもきれいで、わたしが、「捨てるの?」と訊くと、「うーん、売れるかなあとおもう」と言う。「欲しいひとがいるとおもう」「そうだよね」「うん」
「いまはもうこういう雑誌は作れないのかな」
「そうだねえ」
ピクシブとか…」
「そうだね、無料で見られるものね」
親友は、中学のときに書いた歌詞のノートを、東京に持っていっている、と言った。「Coccoとか…?」「よく覚えてるねえ」わたしたちは笑った。
5分だと伝えていたが、20分くらいいたとおもう。つぎの仕事の話をした。NPOに興味がある。学校の先生はどう、海外はどう。ベルトコンベアーみたいな仕事をしたら気持ちは楽なのかな。そうかもね。
冷静に会話をしたかった、問われたり、聞かれたことに本気になって考え込んで、答えたりせず、人間同士にふさわしいような、雲をもてあそぶような、傷つけあわず、触れあわないような、会話をしたかった。どうおもうかと訊かれたら、あなたはどうおもっているのと訊き返したかった。
再会して、それがなんでもないようで、うれしくて、興奮してしまった。たぶん、話しすぎた。
けれど、自分から会いに行けてよかったとおもう。連絡を絶つ前は、2度ほど会いに来てくれて、わたしは会えなかった。そんなことしないでと言った。殺されそうな気がするの、と。わたしがいちばん怖いことをどうしてするの、しないでって言ったことを、どうしてするの。そう言った。
わたしはあのときに、自分の状態をうまれてはじめて他人に伝えた。1部だとしても話した。親友も、わたしに話したことがある。わたしたちはあのときに、それぞれのなによりもやわで、強く、譲れないものを、伝えあったのだろう。だからこそ、会えなくなった。相手に会うということは、自分に会うということになってしまったから。
何度もおもってきた。わたしの人生に意味はなかったかもしれない、わたしはなにも成し遂げなかったかもしれない、だけどただひとつだけ、成し遂げたと、自分の生命に誇れるものがある。それは、親友と連絡を絶ったことだ。わたしに巻き込むことをやめたことだ
帰宅すると、家族がちいさな場所にかんじられた。堂々巡りの、普遍の、不変の、ちいさな場所。わたし以外の家族は、こんなふうに家庭を見ているのかな。外に出掛けて、帰ってきて、家族の場所に埋没せずに、俯瞰しているのかな。
さんざん迷って、会ったけれど、そうしてよかったとおもう。どうにもならなくなっていた頭が、よい具合に、輪をはずされた気がする。とくべつなことはなにもしていないし、話していないし、感じてもいない、そのことがわたしに自信を与えた。
今日の夕方は、わたしはすこし普通のひとだった。

夜はやや食べ過ぎてしまったが、腕を切ることにはならなそうだ。なんとか、眠れるかもしれない。

こうして毎日言葉にしていて、自分をがんじがらめにしている思考を、頭の中だけではなく、頭の外(ここ)にも再現することで、ほんのすこしだけ、冷静になれるのかもしれない。書けば書くほどどうしようもなくなりそうなものだが、そうはなっていなくて、地に足がつきつつある。自分がなにに混乱しているのか、わかりそうな気がする。
わかるということがわたしには大切なことなのだった。