つよく生きているか

2019〜2020のくらむせかい,くらむの日記

8月11日日曜日

昨夜は、「わたしの命の価値は金儲けにしかない。そのように育ってしまった。金を稼ぐことにしか意味がない」と思いあたる。わたしの命の意味。そうなってしまった。ほかになかった。わたしの心には意味がなかった。よろこびはない。悲しみもない。愛情もない。成長も挫折もない。金儲けだけが求められ、わたしはわたしにプログラムされてしまった。ロボットのように育ってしまった。
わたしはいまでもプログラムだ。

「努力をしていないからだ、がんばっていないからだ」

・生きることをあきらめる
・生きることを受け入れる

「できることなのにしていないからだ、バイタリティをもたないからだ」

父の言葉はわたしの言葉になった。

昨日、わかりやすくしたくて、メモを書いてみた。はじめはよかった。わかりやすくなったし、おかしなかんじもなかった。しかし、金額を調べて書きはじめると、おかしくなった。高級すぎる。
わたしのなかで、「取り返しはつかない。一生顔をあげられない」という確信と、「わたしにもできるはずだ。おかしいことじゃない」という意見が、交ざりあわずにある。引き裂かれていく。見捨てられたくない。だがそのためには離れなければならない。人並みに生きるためにはタフでなければならない。しかしそのためには執着してはいけない。いつ死んでもかわまないと言わなければならない。生きるために生きるためには死なねばならない。

わたしの望み。
・身体がやすらぐこと。くたっとできること。

意味のない人生は生きられない。意味は金儲けにある。物心つくよりもおそらくは前から、わたしが発生するよりもさらに前から、家族は困窮していた。お金がない。お金がない。それしかなかった。家族と暮らすためには金を稼ぐしかなかった。生きるためには金を稼ぐものになるしかなかった。ほかに意味はなかった。金がない金がない金がない。
いまならばわかることも、子どものころにはわからなかった。路頭に迷うのだとおもっていた。わたしが生きているために、金がかかるために、家のローンがあるために、食べるために、金が使われてしまい、金がなくなってしまい、そして金がない金がない金がない。いまならばたぶんすこしはわかる。両親は路頭には迷わなかったし、わたしも精神科にぶちこまれて世帯分離されて障害年金と生活保護と過剰投与のもとでよだれをたらしながら生きることはなかった。
父は地のものだったから、家族がいるせいでお金に困る、という現実に押し潰されたのだろう。耐えられなかったのだろう。苦しみしか、憎しみしか、憤りしかなかったのだろう。
ひとはなぜひとを愛せるのだろう。

わたしの気持ち次第だ。金儲けプログラムを解除するか、ロボットでありつづけるか。気持ち次第だ。

「家族を養う」「家族に見捨てられない」以外の意味があるだろうか。

昨日母があたらしいスリッパを下ろしてくれる。うれしい。

マットレスの裏を消毒して、部屋の隅や、窓のレールを拭く。母がカーテンを洗ってくれる。汗だくになる。冷静になって麦茶を飲むと、気分が改善する。ごくごくと飲む。部屋の掃除をして、位置を変える。わがままなこと、高級なこと、分不相応なことをしている気分になり、落ち着かなくなる。もとに戻す。あたらしい位置にすることで、取り返しのつかない人生を歩むことになる気がした。もとに戻すことは、よいことか、よいことではないか。

年にいちどの心臓を危機にさらす。心臓だけではない、血管も骨もなにもかも、わたしという肉体が隅々まで共振する。心臓が破れてしまいそうで、身体をまるめる。しかし、防ぐことはできない。突き抜けてくる。掃除機の低周波にすら立ち向かえない身体が爆発してもおかしくない。生きて動いている心臓に電気ショックをかけつづけられている、そんな想像をする。
年にいちど、母と出掛けて、心臓を破裂させかける。とてつもないショック療法ではあるが、ここまでの肉体的、直接的、影響を受けたあとは、すこしたくましくなる、そんな気がする。
ふしぎなことに、パニックと、共振と、不整脈は、どれも異なる感覚であって、心臓という器官にしか共通点はない。それでも、なんとなく、たくましくなったか。

「踊ったり、野球をしたりして、楽しんでいるほうがいい。人間は煽動されてしまうものだ。ミサイルを打ったり、不買運動をするよりも、野球をして、楽しんでいるほうがきっといい」

今日は、「わたしにはできないだろう、たどり着けないだろう」とおもいつづける。どれほどそうあればいい、そうありたい、そうあるべきだとわかっていても、願っても、祈っても、わたしは生きられないだろう。

遊んで暮らすわけにはいかない。