つよく生きているか

2019〜2020のくらむせかい,くらむの日記

8月9日金曜日

昨日雑貨屋でかわいい猫の小物があった。「初任給をもらったら、パスケースを買おう」とおもった。
眠る前に、自分の心を、ねじり切りたくなる。

わたしはどうすればいいのだろう。
どこへ向かえばいいのだろう。

友人がもつトランクケースの中に、たくさんの刺し子がある夢を見た。わたしよりもずっと上手だった。

・家族に養われる
・自立できる収入を得る
・ひとり福祉を受ける
・結婚
・首吊る

ひとりぽっちで生きる覚悟も、家族から離れる決意も、他人と関係をもつ勇気もない。
さんざんだ。さんざんだ、と両親はおもっているだろう。どうにもならない、仕方がない、そうおもいながらも、同時に、どうにかならないものかと、おもっているだろうか。魔法がかけられて、わたしが普通のひとのようになることを、祈っているだろうか。それとも首を吊って早く終りにしてほしいだろうか。世間では、自殺はわるいなどというが、わたしたちの中では、自殺よりも無職のほうが、異常のほうが、無能のほうが、穀潰しのほうが、ずっとずっと、わるい。

生きていい、と言われたいのだろう。
それはあきらめなさい。

にんにくの匂いが消えない。

仕事の話はされない。なぜだろう。話してほしい。仕事の話ではなくてもいいから話してほしい。わたしと話してほしい。
それもあきらめなさい?
会話が失われたら、あとはなにが残るの。言葉で、父が母を絡めとる。わたしたちは見捨てられていく。わるいものになっていく。愛されたかった。人間になりたかった。普通のひとのようになりたかった。そのための、努力が、人1倍ひつようで、努力しながら話しつつけることはできなかった。苦しくて黙っていた。話せなくて黙っていた。そのあいだに、父は話し続けて、わたしたちは、わるいものになった。

疲れているのだろう。無理もないではないか。よく考えてみなさい。わたしは疲れていて、気持ちがひしゃげそうになっていて、とうぜんだよ。本も用意できなくて、つぎに、なにをすればいいのかわからない。わからなくなって、頭が煮詰まって、とうぜんだよ。わたしは失ったのだ。

自分が、どれほど、損なわれてしまったのか、風のようにときおり気づく。わたしはもう話せない。わたしはもう笑えない。脳は最後まで命を投げ出さないから、わたしの壊れてしまった部分を悲観しない。悲観する能力を、脳が閉ざしている。
それならば、これからさきも、わたしは悲観しないだろう。脳が適応してしまうから、わたしは叫べない。

お給料…

わたしの大切なこと
・窓の外を見ること
・無音
・葉っぱや鳥を見ること
・朝陽を見ること
・8時間眠ること
・歩くこと
・暖かいこと
・暑すぎないこと
・ルーチンができること
・他人に関わられないこと
・他人の声が聞こえないこと

苦しい。苦しい。怖い。

昨夜は殺人者の光。

わたしはどうしても生きようとしてしまう。わるい癖だ。働いて、自立して、飢え死にしないで済みたい。なにもかも手には入れられない。わたしよりもまっとうなひとでも生きてはいけない現実だ。わたしは望みすぎている。あきらめてはちゃめちゃになれというのではない。強い気持ちであきらめてほしいのだ。すべてを手に入れなくても、長生きできなくても、首をくくることになっても、それでも、幸せに生きることはできるはずだから。大切なものを大切にすることはできるはずだから。

「努力すればできることを努力しないでしていない」

母が、「もしかしてみんなすこしは頭がおかしいのかな」と言う。どうやら、母の正常範囲はとても広くて、これまではほとんどのひとが正常だったらしい。
わたしの正常範囲はとてもとても狭い。

Deemoにふたたび挑戦すると、こんどはダウンロードできたが、起動しなかった。

生きることをあきらめられない。

今日は父がとても英語。

わん。わん。わん。

エド・シーランのphotographを見て、涙をこぼす。つよく生きなくちゃとおもう。こんなにも愛されていたのだから。生きていることはこんなにも奇跡なのだから。

仕事に行くことになって、なんとか行けそうだとわかったら、そのときは、自分が生きていくことを前提にして、生きる。勉強をして、しっかりしたい、自立をして、働いて、生きていく。家族の役にもなにか立つ。本はすこしだけ読んで、家事をする。
仕事の話がなくなって、ほかの仕事も見つけられなかったら、そのときは、人生をあきらめてほしい。未来をあきらめてほしい。いまを生きて、いま本を読んで、いま家族のおつかいをしたり、いまお皿を洗う。そしてそのときがきたら、死んでしまう。

このふたつの人生は、じつは似たようなものだ。

このままではあと何日間もわからない。勇気を出して、仕事の話を母に訊く。母もわからないと言う。ということは、春から働けるかもしれない話のままなのかもしれない。
花火があがっている。

もうひとりの幼馴染みに会う。話をする。人間と話をする。とはいっても、ほとんど、相づちを打つだけだ。それでも、10分か、ふたりで会話のような状態にあって、終ると、のどががさがさして、咳が出る。自分でも驚いてしまう。げほげほ。
幼馴染みは、すこし辛いのかもしれない。わからないけれど。わたしは壁のようになって、相づちをたくさん打って、できることは、それだけだった。

鬱病になってから、ひとが変わってしまった。あの几帳面で、腕の立つひとが、入浴もできなくなって…」
たくさんのひとが、鬱病の話をする。けれど、わたしにはわからない。わたしは…ひとりのひとが衰弱死してしまうような鬱病の話は、多いのか、少ないのか、わからない。
わたしにわかること、わたしが実感することは、「ほとんどのひとはものも言えない」ということだ。語るひとはひと握りで、ものも言えずに、倒れるひとの、倒れる音で、かき消されている、無音の悲鳴が。

では、春から働けるようなつもりで、考えようか。